固定残業代の時間数は「月何時間で成果を出すか」で決める

仕事術

「なぜ30時間なのか」と聞かれて、答えられますか

従業員10〜50人くらいの会社で、固定残業代(みなし残業代)を払っている社長・人事担当の方に向けて書きました。

「うちは30時間分の固定残業代を付けています」。顧問先との面談で、よく聞く言葉です。

そこで私は「なぜ30時間なんですか」と聞くようにしています。けれど、すぐに答えが返ってくる会社は、あまり多くありません。

固定残業代の時間数の根拠を問われて考え込む経営者のイメージ

人によって30時間だったり26時間だったりする。社員から「この手当は何なんですか」と聞かれても、うまく説明できない。そんな会社は珍しくありません。

結論:固定残業代は「この会社は月何時間で成果を出すのか」から決める

固定残業代の時間数は、「この会社は月何時間で成果を出すのか」という会社の意思から決めるものだと、私は考えています。役職や金額に合わせて決めるものではありません。

そして、その時間数は採用戦略で決まります。

私は、雇用契約を「何時間働いて、どういう結果を出すか」の約束だと考えています。働く側は決められた時間働き、会社はその対価を払う。会社には求めるパフォーマンスがあり、そこに届かなければ評価が下がります。

そう考えると、「なぜ30時間の固定残業代なのか」にも、会社としての答えが必要です。

例えば、年間休日120日・1日8時間の会社では、1か月平均所定労働時間を次のように計算します。

(365日−120日)×8時間÷12か月=163.33…時間 → 小数点以下を切り捨てて163時間

この会社が30時間の固定残業代を付けるなら、163時間+30時間=193時間です。「うちは月193時間以内で成果を出す会社だ」という意思があって選ぶなら、それで構いません。

ただ、その意思がないまま「とりあえず付けておく」のは、おすすめしません。

あまりおすすめしない決め方

次のような決め方も、それだけで違法になるわけではありません。ただ、社員から「なぜこの時間数なのか」と聞かれたときに説明しづらいため、私はあまりおすすめしていません。

  • 根拠のないまま「とりあえず30時間」で付けている
  • 採用した時期や前任者の判断によって、人ごとに30時間だったり26時間だったりする
  • 「主任は20時間、課長は30時間」と役職の表に当てはめているだけ

役職ごとの表を作っても、例外への対応や昇給、制度変更のたびにずれが出てきます。そもそも、その時間数を選んだ理由がなければ、表を見せても「なぜ」には答えられません。

金額から決めると、昇給のたびに時間数が目減りする

時間数を先に決めておけば、固定残業代の金額は計算で決まります。

固定残業代の金額=決めた時間数×1時間あたりの賃金×割増率

時間外労働の割増率は、労働基準法37条1項と、同項の率を定める政令(平成6年政令第5号)で2割5分以上とされています。

昇給や手当の追加で1時間あたりの賃金が上がったら、同じ式で計算し直し、金額を上げます。時間数はそのままです。

ところが、「固定残業代は6万円」と金額を先に決めて据え置くと、昇給のたびに、その6万円に含まれる時間数が減っていきます。会社は30時間分を払っているつもりでも、計算すると28時間分にしかならない。こういうことが起きます。

固定残業代の金額と時間数の関係のイメージ

【資格手当も割増賃金の基礎に入る】

割増賃金の基礎から外せる賃金は、労働基準法37条5項と労働基準法施行規則21条で決まっています。

家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金。外せるのは、ここに挙げたものだけです。

しかも、家族手当・通勤手当・住宅手当は、名前だけでは判断できません。扶養家族の数、通勤の費用や距離、住宅に要する費用に応じて払うものに限られます。全員一律の定額で払う住宅手当などは外せません(参考:愛知労働局「割増賃金の基礎となる賃金について」)。

資格手当は、このどれにも当たりません。新しく付けたときには、1時間あたりの賃金も上がります。

【数字で見るとこうなる】

計算しやすい数字を使った仮の例です。1か月平均所定労働時間163時間の会社に、割増賃金の基礎となる月額が26万800円の社員がいるとします。

項目昇給前昇給・資格手当の追加後
割増賃金の基礎となる月額260,800円277,100円
1時間あたりの賃金(÷163時間)1,600円1,700円
30時間分の固定残業代(×1.25×30時間)60,000円63,750円
60,000円に据え置いた場合の時間数30時間約28.2時間(小数第2位以下切り捨て)

金額を6万円に据え置いたまま「30時間分」として扱い、実際に30時間残業させると、月3,750円が足りません。この不足分は未払い賃金です。

昇給のたびに、こうした不足が積み重なっていきます。所定労働時間を変えたときにも同じずれが起きます。

【最高裁が見ているのも「何時間分か」】

日本ケミカル事件(最高裁第一小法廷 平成30年7月19日判決)は、定額の手当で割増賃金を支払うこと自体は直ちに労働基準法37条に反しないとしました。

そのうえで、手当が時間外労働等の対価かどうかは、契約書等の記載、手当や割増賃金に関する会社の説明、実際の労働時間などの勤務状況を考慮して判断すべきとしています。

この事件では、手当が1か月平均所定労働時間157.3時間を基に約28時間分の割増賃金に相当し、実際の時間外労働等の状況と大きくかい離していない点も考慮されました。

また、労働基準法37条が求めているのは、法令の方法で計算した額を下回らない割増賃金の支払いです。固定残業代が計算上の額に届かない月には、差額を払う必要があります。

固定残業代が「未払い」と言われる典型パターンも、合わせて読んでみてください。

何時間が正解かは、採用戦略で決まる

では、何時間にすればいいのか。一律の正解はありません。どういう会社を作り、どんな人に来てほしいのかという採用戦略によって決まります。

採用を強化して会社を大きくしていきたいとき、残業なしで所定の時間どおりに帰れる会社を選ぶ層がいます。一方で、長く働いてその分稼ぎたい人が集まる会社を目指す選択もあります。

どちらを選んでも間違いではありません。大事なのは、その理由を社員に説明できることです。

私の会社では、地方にいる人事労務の経験者を雇いたいと考えています。近くに社労士事務所がない人や、子育てや介護で毎日の出勤が難しい人です。

そうした人に来てほしくて、フルリモート・フレックスという働き方にしました。

今の制度から考えると「変えない」に落ち着く

制度を変えるのは、どの方向に変えるにしても難しいものです。時間数を減らせば社員の手取りが減るかもしれないし、増やせば人件費が上がる。どちらにも抵抗があります。

固定残業代の減額のように労働条件を不利益に変えるなら、労働契約法9条・10条により、個別の同意を得るか、就業規則の変更が合理的なものであることと周知が求められます。

こうしたハードルがあるので、今の制度を出発点にして考えると、たいてい「変えない」という結論に落ち着きます。

そこで、考える順番を逆にします。

先に「どういう会社にしたいか」「月何時間で成果を出す会社か」を決める。そのうえで、今の制度との差をどう埋めるかを考えます。

料理にたとえるなら、まず作りたい料理を決めてから買い物に行く感じです。冷蔵庫の残り物から献立を考えるのとは、順番が逆になります。

会社の意思から固定残業代の時間数を設計するイメージ

昇給・手当を変えるときの確認表

時間数を決めた後は、昇給や手当の追加のたびに、次の5つを確かめてください。

確認する項目見るポイント
割増賃金の基礎となる月額昇給・資格手当の追加でいくらになったか。除外できる手当以外は全部入る
1か月平均所定労働時間年間休日や所定労働時間を変えていないか
1時間あたりの賃金新しい月額÷平均所定労働時間で計算し直したか
固定残業代の金額決めた時間数×新しい単価×1.25に足りているか
実際の残業との差計算上の額が固定残業代を超えた月に、差額を払っているか

まとめ

  • 固定残業代の時間数は、「この会社は月何時間で成果を出すのか」という意思から決める。役職や相場から決めるものではない
  • 年間休日120日・1日8時間なら平均所定労働時間は163時間(小数点以下切り捨て)。30時間を付けるなら「月193時間で成果を出す会社」という意思表示になる
  • 「とりあえず30時間」や役職の表に当てはめるだけの決め方は、社員に理由を説明しづらい
  • 時間数を先に決めれば、金額は「時間数×1時間あたりの賃金×1.25」で決まる。金額を先に決めて据え置くと、昇給や資格手当の追加のたびに時間数が目減りする
  • 計算上の時間数が30時間を下回ったまま30時間残業させると、不足分は未払い賃金になる
  • 何時間が正解かは採用戦略で決まる。「どうしたいか」を先に決めて、今の制度との差を埋めていく

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