能力不足の社員を異動させて減給できる? 判例で読み解く4つの観点

仕事術

経営のご相談を受けていると、ときどきこんなお話をいただくことがあります。

「能力の低い社員がいる。別の部署に異動させて、それに合わせて給与も下げたい。これはやってもいいものだろうか」──。

お気持ちはとてもよく分かります。ただ、結論から申し上げると、「就業規則に書いてあるから下げられる」も「不利益変更だから一切できない」も、どちらも必ずしも正確とは言えないように思います。

このご相談には、実は4つの異なる論点が混ざっています。そして、その一つひとつを別々の観点として検討する必要があると考えます。ここを切り分けずに「できる/できない」で答えてしまうと、後で大きなトラブルにつながりかねません。今回は、判例も交えながら、4つの観点で整理してみます。

検討すべき観点は、次の4つです。

  1. ・異動・職種変更そのものの有効性
  2. ・給与減額の合理性(ここが最も重要だと考えます)
  3. ・労働基準法上の違法性という、別のレイヤー
  4. ・そもそもマネジメントとして筋が良いのか

順番に見ていきます。


第1観点:異動・職種変更そのものは有効か

まず、部署異動・職種変更そのものについてです。これは就業規則や雇用契約に根拠があれば、原則として会社の人事権の範囲内とされ、社員は基本的に拒否できないと考えられています。

ただし、無制限ではありません。配転命令のリーディングケースである東亜ペイント事件(最判昭61・7・14)は、次の3つのいずれかに当てはまる場合、配置転換命令は権利の濫用として無効になり得るとしています。

  • ・業務上の必要性がない場合
  • ・不当な動機・目的をもってなされた場合
  • ・社員が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を被る場合

ここで特に重要になるのが、職種限定・勤務地限定の合意があるかどうかです。この点について、最高裁は東亜ペイント事件以来およそ38年ぶりに新しい判断を示しました。滋賀県社会福祉協議会事件(最判令6・4・26)です。

これは、18年にわたり福祉用具の改造・製作・技術開発という技術職に従事してきた職員に対して、本人の同意なく総務課への配転を命じた事案でした。最高裁は、社員と会社の間に「職種や業務内容を特定の範囲に限定する」という合意がある場合、会社は、その合意に反する配転を本人の個別同意なく命じる権限を持たない、という趣旨の判断を示しています。

つまり、結論はその社員の契約の中身によって変わってくると考えられます。

  • 職種限定の合意がない一般職の場合:会社の異動の裁量は比較的広く認められ、異動・職種変更そのものは有効になりやすいと考えられます。
  • 職種限定の合意がある場合:本人の個別同意がなければ、異動・職種変更そのものが無効になり得ます。そうなると、給与減額の前提も崩れることになります。

ポイント: 根拠規定があっても無条件ではありません。「その人は、特定の職種で雇われていたのか」が一つの分岐点になると考えます。

第2観点:給与減額に合理性はあるか(最も重要)

仮に異動が有効だとしても、それに伴う給与減額が当然に有効になるわけではないと考えられます。「異動できるか」と「給与を下げられるか」は、別々に判断されるという点が、今回のご相談でいちばん注意したいポイントです。

参考になるのが、日本ガイダント仙台営業所事件(仙台地決平14・11・14、労判842号56頁)です。

この決定は、賃金は労働条件のなかで最も重要な要素であり、その減少は社員の生活に直接かつ重大な影響を与えるため、配転における会社の人事権の裁量を重視することはできない、という考え方を示しました。そのうえで、次のような事情を総合的に考慮し、従前の賃金からの減少を相当とするだけの客観的な合理性がない限り、その降格は無効になると判断しています。

  • ・社員側の適性・能力・実績などの帰責性の有無と程度
  • ・降格の動機・目的
  • ・業務上の必要性の有無と程度
  • ・降格の運用状況

実際の事案では、営業係長(賃金月額 約61万円)が事務職へ配転され、賃金月額が約31万円へ、つまり約半分に下がった点が重視されたとされています。

さらにこの決定で参考になるのは、降格が無効になれば、配転に基づく賃金減少の根拠も失われ、賃金減少の原因となった配置転換そのものも無効になる、とした点です。給与減額の無効が、異動全体を巻き込んで無効にしてしまう可能性がある、ということになります。「異動はそのまま、給与だけ元に戻す」とは限らない、という点には注意したいところです。

不利益変更のルールとしては、労働契約法が関わってきます。整理すると、次のような構造です。

  • 原則(労契法8条):労働条件は、労使の合意によって変更する。
  • 原則の裏返し(労契法9条):会社は、社員と合意することなく、就業規則の変更によって社員の不利益に労働条件を変更することはできない。
  • 例外(労契法10条):就業規則の変更が、変更の必要性・社員の不利益の程度・変更後の内容の相当性・労働組合等との交渉状況などに照らして合理的であり、かつ周知されている場合に限って有効になる。

そして、実務でいちばん見落とされやすいのが、規定の明確性だと感じています。判例や行政解釈の蓄積からは、本人の同意なく就業規則に基づいて賃金を減額するには、減額の「事由・方法・幅」について、基準としての一定の明確さが求められると考えられます。就業規則に「職種変更のときは賃金を見直す」とだけ書いてあっても、十分とは言いにくいでしょう。どんな場合に、どの方法で、どこまで下げるのかが示されていなければ、減額の根拠としては機能しにくいと考えられます。

なお、「退職か、職種変更(+減給)かを選ばせれば合理性が出るのでは」というお考えもあります。方向性としては理解できますが、慎重に考えたほうがよいように思います。本人の真意に基づく個別同意があれば不利益変更は有効になり得ますが、退職を背景にして迫る二択は、同意の真意性を疑われやすいと考えられます。賃金減額への同意は、本人の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされており、形だけの同意書では覆されることもあり得ます。

参考になるのが新和産業事件(大阪高判平25・4・25)です。約10年間、営業職だけに従事していた社員が突然倉庫業務へ配転となり、賃金が従前の約2分の1になった事案で、裁判所は、業務上の必要性を欠き、退職勧奨を断られたことへの報復という不当な動機によるものとして、配転・降格・減給をいずれも無効と判断しています。「突然の配転で給料も下がる」というケースの、分かりやすい一例だと思います。

ポイント: 異動が認められても、減給は別の審査が待っていると考えられます。しかも減給が無効になれば、異動ごと崩れることもあり得ます。

第3観点:労働基準法に違反するのか(実は「別問題」)

「給与を下げること自体が労働基準法に違反するのか」という問いと、「民事契約の変更として妥当か」という問いは、レイヤーが違うと整理できます。ご相談の場面でも、ここはとても混ざりやすいところです。

労基法91条が制限しているのは、懲戒処分としての「減給の制裁」の部分です。同条は、企業秩序を守るための懲戒処分のうち減給にあたるものについて、

  • ・1回の額が、平均賃金の1日分の半額を超えてはならない
  • ・総額が、一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない

と定めています。今回のような人事異動・職種変更に伴う賃金変更は、この91条の射程の外にあると考えられています。

行政解釈や裁判例でも、人事権の行使としての降格に伴う減給には労基法91条の規制は及ばず、職務によって異なる基準の賃金を支給することが定められている場合には、職務替えによって賃金が減っても、同条の減給制裁の規定には抵触しない、とされています。

つまり、構造は二層になると考えられます。

  • 第一層「労基法91条に違反するか」:懲戒の減給ではないので、ここには当たらない。
  • 第二層「では、自由にできるのか」:そうとは言えない。労契法8〜10条、そして東亜ペイント・日本ガイダントといった民事の合理性審査が、別途待っている。

「労基法上はセーフ」だとしても、それがそのまま「適法・有効」を意味するわけではない、という点が、この論点のいちばんの勘どころだと考えます。

  • ポイント: 労基法91条をクリアしても、それは入口にすぎないように思います。本番は、むしろ民事の合理性審査のほうです。

第4観点:そもそもマネジメントとして筋が良いのか

ここまで法律の話をしてきましたが、私が最後にいちばんお伝えしたいのは、実はこの観点です。

能力不足を、降格・減給・異動という「罰」で解決しようとするアプローチは、慎重に考えたほうがよいと、私は考えています。

能力不足は、本来、教育・指導・改善機会の付与という、会社側が果たすべき役割の問題でもあります。ここを尽くさないまま処遇の引き下げに踏み切ると、第2観点で見た「帰責性の程度」「業務上の必要性」の審査で、会社側が不利になりやすいと考えられます。指導の記録すら残っていない状態での「能力が低いから」という理由は、裁判では弱いものになりがちです。

そして、組織への副作用も見過ごせないように思います。突然の異動・減給は、対象になった本人だけでなく、周りの社員にも「自分も、いつか同じ扱いを受けるかもしれない」という不安を広げてしまうことがあります。信頼感や安心感という、組織のパフォーマンスを支える土台が揺らいでしまっては、結果として良い成果にはつながりにくいのではないでしょうか。

ポイント: 直すのが先、罰は後。順番を間違えると、法的にも組織的にも裏目に出やすいと考えます。


まとめ

観点結論主な根拠
① 異動・職種変更の有効性限定合意なしなら原則有効/職種限定合意ありは本人同意なく難しい東亜ペイント事件、滋賀県社会福祉協議会事件
② 給与減額の合理性別途、客観的な合理性が必要。無効なら異動ごと崩れることも日本ガイダント仙台営業所事件、労契法8〜10条
③ 労基法上の位置づけ91条の射程外。ただし民事の審査は別途残る労基法91条、行政解釈
④ マネジメント教育・指導が先。処遇による「罰」は逆効果になりやすい

鍵になるのは、3つだと考えています。規定の明確性(減額の事由・方法・幅)、本人の真意ある同意、そして指導・改善の機会を尽くした記録です。この3つが揃わない限り、能力不足を理由とした「異動+減給」は、高いリスクを伴うと考えられます。

逆に言えば、本当に手を打つべきは、減給の前に「どう改善してもらうか」という設計のほうかもしれません。私たちが労務のご相談をお受けするときも、たいていこの順番からご一緒しています。判断に迷う場面があれば、個別の事実関係をもとに、専門家へご相談いただくことをおすすめします。

本稿で参考にした主な判例・条文は、東亜ペイント事件(最判昭61・7・14)、滋賀県社会福祉協議会事件(最判令6・4・26)、日本ガイダント仙台営業所事件(仙台地決平14・11・14)、新和産業事件(大阪高判平25・4・25)、労働基準法91条、労働契約法8条・9条・10条です。

なお本稿は一般的な情報提供であり、個別事案についての法的助言ではありません。

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