「給与明細の控除がおかしい」と社員に言われた会社へ
従業員10〜30人くらいで、人事担当が実質ひとり、給与計算は社長かその担当者が片手間で回している会社。そんな会社で、ある日突然「給与明細の控除、なんかおかしくないですか」と社員から聞かれたら、正直ヒヤッとしますよね。
「社会保険料がいつもより高い」「住民税の金額が急に変わった」「天引きの項目が増えている」——こうした指摘は、実際にミスがあることもあれば、単に本人が仕組みを知らないだけのこともあります。ただ、どちらのケースでも「その場でちゃんと説明できるか」で、社員からの信頼はまったく変わってきます。
私は社労士事務所として日々こういう相談を受けていますが、いざ聞かれると「あれ、これって合ってたっけ」と担当者自身が不安になるケースを何度も見てきました。今回は、給与明細の控除について聞かれたときに、何をどの順番で確認すればいいのかを整理します。
結論:まず「法定控除」と「協定控除」に仕分けして確認する
先に結論を言うと、控除額を確認するときは、その項目が法定控除(社会保険料・雇用保険料・所得税・住民税など、法律で天引きが認められているもの)なのか、協定控除(社宅費・財形貯蓄・親睦会費など、労使協定を結んで初めて天引きできるもの)なのかを、まず仕分けることから始めてください。
法定控除なら、計算の基礎(標準報酬月額・料率・扶養人数など)にズレがないかを確認する話になりますし、協定控除なら、そもそも労使協定と就業規則にきちんと定めがあるかを確認する話になります。この2つを混同したまま「なんとなく合ってそう」で済ませてしまうと、指摘されたときに根拠を示せず、社員の不信感だけが残ります。
そもそも給与から何を控除していいのか
労働基準法第24条(昭和22年法律第49号)は、賃金は通貨で直接労働者に全額支払わなければならないと定めています。これが「賃金全額払いの原則」です。この原則の例外として労基法24条が正面から認めているのは、①法令に別段の定めがある場合(社会保険料や税金など)、②事業場の過半数労働組合、それがなければ過半数代表者との書面による労使協定がある場合、の2つです。加えて裁判例では、労働者が自由な意思で同意したと客観的に認められる相殺(会社からの貸付金の返済など)や、裁判所の差押えによる控除なども、限られた範囲で認められています。
つまり、社宅費や親睦会費などを毎月一律に天引きしているなら、その根拠となる労使協定が結ばれているかをまず確認してください。協定も本人の有効な同意もないまま天引きしていると、全額払いの原則に反するおそれがあります。会社からの貸付金の返済のように、本人の自由な意思にもとづく相殺の合意があれば控除できる場合もありますが、その同意が形だけのものだと後から否定されることがあります(なお、給与の前貸しを働くことと引き換えに天引きするような形は、労働基準法17条で禁じられています)。あわせて、賃金の決定・計算・支払方法は就業規則の絶対的必要記載事項なので、就業規則にも明記しておく必要があります(労働基準法第89条。常時10人以上を使用する事業場が対象)。
法定控除の中身も、実は毎年少しずつ変わります。雇用保険料率は2026年4月1日から、一般の事業で労働者負担0.5%・事業主負担0.85%(合計1.35%)に改定されています。厚生年金保険料率は18.3%で固定(労使折半9.15%ずつ)ですが、健康保険料率は都道府県・組合ごとに毎年3月分(4月納付分)から改定されるのが通例です。さらに2026年4月からは「子ども・子育て支援金」の徴収が始まり、協会けんぽでは全国一律0.23%(労使折半で被保険者負担は約0.115%)が健康保険料とあわせて天引きされています。住民税の特別徴収額も、毎年6月支給分から新年度の税額に切り替わります。「先月と同じだろう」という思い込みが、実はいちばん危ないポイントです。
現場でよくある失敗5つ
実際に相談を受ける中で、よく見る失敗を挙げます。
- 雇用保険料率の改定を反映し忘れる:4月分から料率が変わったのに、給与計算ソフトの設定を更新しないまま数か月分を旧料率で計算してしまう
- 社会保険料の月額変更・定時決定のタイミングを間違える:昇給や算定基礎届の反映月がずれて、本来より高い(または低い)標準報酬月額のまま控除を続けてしまう
- 住民税の切り替えを忘れる:6月支給分から新年度の税額に変える必要があるのに、5月と同じ金額で処理してしまう
- 労使協定がないまま天引きしている:社宅費や貸付金の返済などを、協定を結ばずに「昔からの慣習」で控除している
- 端数処理のルールが担当者ごとに違う:社会保険料の被保険者負担分などで、切り捨て・四捨五入のルールが統一されておらず、月によって数円のズレが出る
こうした失敗の共通点は、「一度設定したら、その後の変更に誰も気づかないまま放置される」ことです。給与計算を紙やExcelの手作業で回している会社ほど、この手のズレが起きやすい印象があります。
確認手順・判断軸:聞かれたら、この順番でチェックする
社員から控除について聞かれたら、次の順番で確認するのがおすすめです。
| 確認ステップ | 見るもの | 気づくこと |
|---|---|---|
| ①控除項目の仕分け | 給与明細の控除欄 | 法定控除か協定控除かをまず分類する |
| ②法定控除の根拠 | 標準報酬月額・保険料額表・扶養状況 | 等級や料率が最新のものになっているか |
| ③協定控除の根拠 | 労使協定書・就業規則 | 協定の締結有無と、記載内容との一致 |
| ④前月・前年同月との比較 | 給与台帳 | 変動があった月に、何が原因だったかを説明できるか |
| ⑤本人への説明材料 | 保険料額表・住民税決定通知書の写し | 数字だけでなく「なぜその額か」を示せる資料があるか |
このステップを踏めば、たいていの疑問には答えが出ます。逆に⑤まで来ても説明できない場合は、システムの設定ミスか入力ミスの可能性が高いので、給与計算ソフトの設定画面まで遡って確認してください。
オマカセロウムくんなら、控除のズレをそもそも起こしにくくします
私たちが提供している「オマカセロウムくん」は、給与計算・社会保険手続きを含めて外部の人事部として引き受けるサービスです。料率改定や算定基礎届のタイミングは、私たちが年間スケジュールで管理して反映するので、「気づいたら数か月ズレていた」という事態を防げます。
実務ツールとしては、freee人事労務のように、料率改定が自動で反映されるクラウド給与計算システムを使うのも有効です。freee人事労務があれば社労士はいらないのか、実際に使う立場から本音で書いた記事も参考にしてみてください。自社で内製を続けるか、外に出すかで迷っている場合は、給与計算アウトソーシングの費用相場と選び方もあわせてどうぞ。パート従業員の社会保険加入が増えて控除項目自体が変わるケースも増えているので、2026年の社会保険適用拡大で何が変わるかも一度目を通しておくと安心です。
まとめ:控除は「聞かれてから調べる」のではなく仕組み化する
給与明細の控除を社員に指摘されたときは、まず法定控除か協定控除かを仕分けて確認してください。
- 賃金を控除できるのは、原則として法令に基づく場合と労使協定がある場合(労働基準法第24条)。ほかに本人の自由な意思による相殺など、限られた例外もある
- 雇用保険料率(2026年4月1日改定)・子ども・子育て支援金(2026年4月〜)・社会保険料の等級・住民税額は、毎年決まったタイミングで変わる
- 協定控除の直接の要件は、労働基準法24条の書面による労使協定。就業規則への記載(89条)は別の義務で、控除できるかどうかの成立要件そのものではない
- 聞かれてから慌てて調べるのではなく、料率改定や税額切り替えのタイミングをあらかじめスケジュール化しておくと、指摘される前に気づける
給与計算は「毎月同じことの繰り返し」に見えて、実は毎年どこかしらのタイミングで数字が変わる仕事です。今の運用で不安があるところ、一度整理してみませんか。
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