働きながら年金が減る?在職老齢年金の落とし穴と対策

仕事術

この記事でわかること

  • 「働くと年金が減る」在職老齢年金の仕組みと、いくら減るのかの計算式
  • 多くの人が誤解している「働き損」の正体と、見落としやすい3つの落とし穴
  • 2026年4月に基準額が51万円→65万円へ引き上げられた改正と、今できる対策
働きながら年金を受け取るシニア世代と在職老齢年金のイメージ

「もらえるはずの年金が、なんで減るの?」

「65歳を過ぎても、うちのベテランにはまだまだ働いてほしい」。そう考えて再雇用を続けている経営者の方、多いですよね。

ところがある日、本人からこう相談される。

「社長、私、年金が満額もらえてないみたいなんです。厚生年金の保険料はちゃんと払ってるのに、なんでですか?」

これ、在職老齢年金という制度のせいなんです。厚生年金に加入して働きながら年金を受け取ると、給与の額によっては年金の一部がカットされる。「保険料を払っているのに、その年金が減らされる」という、ちょっと納得しづらい仕組みなんですよね。

しかもこの制度、2026年4月に基準が大きく変わりました。知らないまま「年金が減るから」と給与を抑えていると、かえって損をすることにもなりかねません。

今回は、この在職老齢年金の仕組みと落とし穴、そして対策を、できるだけかみ砕いて解説していきます。

「働くと年金が減る」って本当?──在職老齢年金の仕組み

まず結論から言うと、本当です。ただし減るのは一部だけ、というのが正確なところです。

在職老齢年金とは、60歳以上の人が厚生年金に加入して働いている場合、給与と年金の合計額に応じて、老齢厚生年金の一部または全部が支給停止になる制度のことです。

ここで一番大事なポイントを先に押さえておきます。

  • 減らされるのは老齢厚生年金(報酬比例部分=2階部分)だけ
  • 老齢基礎年金(1階部分)は在職老齢年金による停止の対象外。本来受け取れる額がそのまま支給されます

つまり、「年金が全部止まる」わけではないんです。1階の基礎年金は在職老齢年金では減りません。あくまで、会社員として上乗せされる厚生年金の部分だけが調整の対象になります。

「厚生年金の保険料を払いながら、その厚生年金が減らされる」──ここが多くの人が「なんで?」とモヤモヤするところなんですよね。制度の趣旨としては、「収入が十分ある高齢者への年金は少し抑えましょう」という考え方から生まれたものです。

どこから・いくら減る?──計算式と早見表

では、具体的にいくらから減るのか。カギになるのが次の2つの言葉です。

  • 基本月額:加給年金額を除いた老齢厚生年金(報酬比例部分)の月額。ざっくり「毎月もらう厚生年金の額」
  • 総報酬月額相当額:その月の標準報酬月額 + その月以前1年間の標準賞与額の合計 ÷ 12。ざっくり「賞与も月割りにした、月あたりの給与」

この2つを足した金額が、支給停止調整額(基準額)を超えると、超えた分の半分が止まります。

計算式はこうです。

支給停止額(月) = (基本月額 + 総報酬月額相当額 − 基準額) ÷ 2

止まった残りが実際に受け取れる年金です(調整後の老齢厚生年金 = 基本月額 − 支給停止額)。なお、計算上の支給停止額が基本月額以上になる場合は、老齢厚生年金が全額支給停止になります。

項目2025年度(令和7年度)2026年度(令和8年4月〜)
基準額(支給停止調整額)51万円65万円
合計がこれ以下全額支給(減額なし)全額支給(減額なし)
合計がこれを超えた場合超過額の半分を停止超過額の半分を停止

具体例で見てみましょう。数字は分かりやすいように丸めています(超過額を2で割った概算)。

【例】老齢厚生年金が月10万円、給与の総報酬月額相当額が45万円の人

  • 合計:10万円 + 45万円 = 55万円
  • 2025年度(基準51万円):超過4万円 → 停止額は 4万円 ÷ 2 = 月2万円ダウン(年24万円の減額)
  • 2026年度(基準65万円):55万円 < 65万円なので → 減額ゼロ(全額支給)

※月2万円ダウンは、同じ基本月額・総報酬月額相当額が12か月続いた場合で年24万円の減額です。

同じ働き方でも、2026年4月をまたぐと減額がなくなる。これが今回の改正のインパクトです。

在職老齢年金の支給停止額を計算するイメージ

じつは多くが誤解している「働き損」の正体

「年金が減るなら、働くだけ損じゃないか」──これ、めちゃくちゃよく聞く誤解なんです。でも、実際はほとんどのケースで損にはなりません。理由は3つあります。

理由①:減るのは超過額の”半分”だけ

さっきの計算式を思い出してください。止まるのは超えた分の全額ではなく、半分です。給与が2万円増えて基準を超えても、年金が減るのは1万円。差し引きでは世帯の収入は増えています。

理由②:基礎年金は減らない

繰り返しになりますが、1階の老齢基礎年金は満額のまま。減額の対象は厚生年金の一部だけです。

理由③:働いた分、将来の年金が増える

厚生年金に加入して働けば、その保険料は将来の年金額に反映されます(65歳以上は「在職定時改定」という仕組みで、毎年10月に見直されて増えていきます)。ただし、いったん支給停止された分が後から返ってくるわけではない点は押さえておいてください。

なので、「年金が減るから働くのをやめる」というのは、多くの場合もったいない判断です。給与と年金を合わせた収入の総額で見れば、働いたほうがプラスになるケースがほとんどなんです(実際の手取りは税金・社会保険料によって個別に変わります)。

社労士が見る、見落としやすい3つの落とし穴

とはいえ、実務で「これは気をつけないと」というポイントもあります。私が相談を受けていて特に見落とされがちなのが、この3つです。

① 賞与も「月割り」で効いてくる

さっきの総報酬月額相当額、よく見ると賞与(その月以前1年分)を12で割った額が乗っています。

つまり、毎月の給与だけ見て「基準内におさまってるから大丈夫」と思っていても、賞与を支給すると、その後1年間は判定額が上がるんです。「月給は問題なかったのに、賞与のせいで年金が止まった」というのは、じつはよくある話。給与だけでなく賞与も含めて見る必要があります。

② 繰下げ受給しても、止まった分は増えない

年金を遅く受け取って増額する「繰下げ受給」。これと在職老齢年金の組み合わせには、大きな落とし穴があります。

在職老齢年金で支給停止された部分は、繰下げによる増額の対象になりません。

「どうせ働いてるあいだは減るなら、繰り下げて増やそう」と考えても、止まっている分はそもそも増額計算に入らない。期待したほど増えなかった、というギャップが生まれやすいんです。

③ 70歳以降は保険料を払わないのに年金は減る

厚生年金の保険料を払うのは70歳まで(70歳で被保険者資格を失います)。ところが、過去に厚生年金の加入期間がある人が70歳以降も適用事業所で働く場合(「70歳以上被用者」)は、保険料を払わなくても在職老齢年金の対象であり続けます

「保険料はもう払っていないのに、年金は相変わらず減額される」。この二重のモヤモヤは、あらかじめ知っておかないと後で驚くポイントです。

【2026年4月改正】基準額が51万円→65万円へ

ここが今回いちばんお伝えしたい話です。

2025年6月13日に成立した「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」(令和7年法律第74号)により、在職老齢年金の支給停止調整額(基準額)が2026年4月1日から引き上げられました。

  • 2025年度(令和7年度):51万円
  • 2026年度(令和8年4月1日〜):65万円

ニュースなどでは「62万円になる」と報じられていましたが、あれは改正法が審議された当時の価格水準の額です。基準額は毎年度の賃金変動に応じて改定されるため、実際に2026年度に適用されるのは65万円です(日本年金機構・厚生労働省で確認済み)。

この引き上げで、支給停止の対象者は約50万人から約30万人に減る見込みです(厚生労働省の試算)。約20万人が、これまで止まっていた老齢厚生年金を新たに全額受け取れるようになる計算です。

「もっと働きたいのに、年金が減るからセーブしていた」という高齢者の就労意欲を後押しする狙いですね。

2026年4月から基準額が引き上げられる在職老齢年金の改正イメージ

減額を避ける・やわらげる対策

最後に、本人・会社それぞれの立場でできる対策を整理します。

働き方・報酬の設計を「年間」で見る

どうしても減額を避けたい場合の基本は、基本月額と総報酬月額相当額の合計を基準額(2026年度は65万円)以内におさめることです。

  • 月給(標準報酬月額)を調整する
  • 賞与の額・回数を見直す(賞与も月割りで判定額に乗るため)
  • 役職を退いて報酬を下げる、勤務日数を減らす

ポイントは、月給だけでなく賞与も含めた年間ベースで設計すること。ここを見落とすと「賞与月以降だけ止まる」ことになります。

厚生年金に入らない働き方(ただし注意点あり)

そもそも厚生年金に加入していなければ、在職老齢年金の対象になりません(※ただし、前述の「70歳以上被用者」は保険料を払わなくても対象です)。70歳未満なら、週の所定労働時間を短くして加入対象から外れる、という選択肢もあります。

ただし、2026年10月からは社会保険の適用拡大で加入要件が広がります。「106万円の壁(賃金要件)」の撤廃などで、これまで対象外だった短時間労働者も加入するケースが増える見込みです。加入を避ける前提の働き方は、今後どんどん通用しにくくなると考えておいたほうがいいですね。

制度を味方につける

  • 繰下げ受給を使うなら、支給停止部分は増額対象外になる点を織り込んで判断する
  • iDeCoなど別の枠で老後資金を準備する(在職老齢年金の判定には影響しません)
  • そして何より、2026年4月以降は基準が65万円に上がるため、過度に働き控えする必要はなくなります

会社側の視点で言えば、高齢社員の再雇用時に「年金が減るから」と一律で給与を抑えるのは、2026年改正後はむしろ機会損失になりかねません。本人の年金額を踏まえて、働き方と報酬をセットで設計することが、これからの人材活用のカギになります。

まとめ

  • 在職老齢年金は、60歳以上で厚生年金に加入して働くと、老齢厚生年金(2階部分)の一部が止まる制度。基礎年金(1階)は在職老齢年金では減らない
  • 止まるのは超過額の半分だけ。多くの場合、働いたほうが収入の総額は増えるので「働き損」は誤解
  • 落とし穴は、①賞与も月割りで効く ②繰下げても止まった分は増えない ③70歳以上被用者は保険料を払わないのに減るの3つ
  • 2026年4月に基準額が51万円→65万円へ引き上げ済み。対象者は約50万人→約30万人へ。ニュースの「62万円」は審議当時の額で、実際の適用は65万円
  • 対策は年間ベースで報酬を設計すること。改正で多くの人が対象外になるため、過度な働き控えは不要

「年金が減るから働かない」ではなく、「制度を正しく理解して、いちばん得な働き方を選ぶ」。高齢社員の力を活かしたい会社ほど、ここを押さえておく価値があると思います。


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