はじめに
本ガイドラインは、中小企業の経営者様向けに、妊娠に関連する欠勤の適切な管理方法と法的リスクへの対応をまとめたものです。法令を遵守しながらも、事業継続と適正な労務管理を両立させるための参考になれば幸いです。
目次
- はじめに
- 妊娠関連欠勤の法的位置づけ
- 法的に保護されるもの(会社は拒否できません)
- 会社で判断できるもの
- 妊娠関連の欠勤に対する実務対応フロー
- 対応判断フロー
- 母健カード提出時の対応フロー
- 診断書なし欠勤への対応フロー
- 法的リスクを最小化するためのポイント
- 適法な休業拒否の条件
- 妊娠関連の欠勤に関する主要判例と実務への示唆
- 妊娠関連書類の取扱いと記録作成のポイント
- 社員への説明ポイント
- 結論:バランスの取れた対応を目指して
妊娠関連欠勤の法的位置づけ
妊娠に関わる休暇や欠勤には、法的に保護されるものと会社で判断できるものがあります。この区別を正確に理解することが、トラブル防止の第一歩です。
法的に保護されるもの(会社は拒否できません)
- 1.産前産後休業(労働基準法第65条)
- ・産前6週間(多胎妊娠の場合14週間)
- ・産後8週間(医師の許可があれば6週間後に就業可能)
- ・本人からの請求があれば必ず与える必要があります
- 2.母健カードに基づく措置(男女雇用機会均等法第12条、第13条)
- ・医師等が記入した「母性健康管理指導事項連絡カード」の指示に従う義務があります
- ・通院休暇、時差出勤、休憩時間の延長、作業の制限等の措置を講じる必要があります
- ・正当な理由なく拒否すると、罰則の対象となる可能性があります
会社で判断できるもの
- 1.診断書なしの体調不良による欠勤
- ・診断書や母健カードがない場合、通常の欠勤として取り扱うことが可能です
- ・ただし、妊娠に起因する体調不良が明らかな場合は配慮が必要です
- 2.診断書はあるが業務調整で対応可能なケース
- ・医師の指示内容と業務内容に矛盾がない場合
- ・代替措置(時短勤務、在宅勤務等)で対応可能な場合
妊娠関連の欠勤に対する実務対応フロー
対応判断フロー
ステップ1: 書類の確認
- ・母健カード/診断書の有無を確認
- あり→医師の指示内容を確認し、必要な措置を講じる
- なし→通常の欠勤として扱い、診断書の提出を要請
ステップ2: 業務調整の検討
- ・医師の指示内容と業務内容の関係を評価
- ・業務継続が不可能な指示 → 休業措置
- ・条件付きで継続が可能 → 勤務調整案を提示
- ・通常勤務可能 → 定期的な体調確認
ステップ3: 休業期間の判断
- ・休業期間の正当性判断
- ・医学的根拠あり → 認容
- ・根拠不明確 → 追加で医師の所見を求める
- ・期間超過 → 一部休業への移行を検討
母健カード提出時の対応フロー
書類受理と内容確認
- ・母健カードの記載内容(指導期間・内容・医師の署名)を確認します
- ・社員との面談を実施し、休業希望期間や体調を聴取します
- ・記録のため、面談内容を文書化し、社員の署名をもらうことが望ましいです
業務調整の検討
- ・医師の指示に基づき、以下の措置を検討します
- ・業務内容の変更(立ち仕事の制限、重量物取扱いの制限等)
- ・勤務時間の調整(時差出勤、短時間勤務等)
- ・休憩時間の延長
- ・在宅勤務の検討
- ・可能な限り「完全休業」ではなく「部分就労」を提案しましょう
- 給与・社会保険の具体的手続き
- ・傷病手当金:健康保険の被保険者が業務外の事由による傷病で働けない場合、4日目から支給(標準報酬日額の3分の2相当額)
- ・社会保険料:
- ・産前産後休業中は事業主の申請により社会保険料(健康保険・厚生年金)が免除されます
- ・傷病休暇の場合は免除されず、会社と本人で折半して負担します
- ・休業中に給与が支払われない場合でも、社会保険料は通常通り本人負担分が発生します
- ・給与計算:欠勤控除を行う場合は就業規則に基づいて適正に計算します
- ・代替要員の確保が必要な場合は計画を立てます
診断書なし欠勤への対応フロー
初動対応(欠勤1〜3日目)
- ・欠勤理由と体調状況について電話等で確認します
- ・必要に応じて医療機関の受診を勧奨します
- ・業務の引継ぎ事項を確認します
継続欠勤時の対応(4日目以降)
- ・書面による状況確認と診断書の提出を要請します
- ・電話面談を実施し、回復見込みを確認します
- ・5営業日以上の欠勤が続く場合、診断書の提出を必須とする旨を伝えます
無断欠勤への対応
- ・連絡がない場合、電話・メール・書面で出社要請を行います
- ・3日以上連絡が取れない場合は、自宅訪問または緊急連絡先への連絡を検討します
- ・すべての連絡記録を文書化し保存します
法的リスクを最小化するためのポイント
適法な休業拒否の条件
以下の条件をすべて満たす場合に限り、休業要請に代わる措置を提案できます。
- 1.医師の指導内容と矛盾しない代替業務が存在すること
- 2.複数の代替措置案(最低3案)を提示していること
- 3.健康リスクが医学的に否定されていること
ただし、以下の医学的状態がある場合は必ず休業を認める必要があります。
- ・子宮頸管長25mm未満(切迫早産リスク)
- ・収縮間隔10分以下の規則的子宮収縮
- ・血圧持続140/90mmHg以上(妊娠高血圧症候群)
妊娠関連の欠勤に関する主要判例と実務への示唆
以下の判例から「妊娠中だから無条件に休業できる」のではなく、医師の指導内容に合致した業務調整が可能であれば、そのような代替措置を優先すべきという基本原則が導かれます。
例1:母健カードへの対応義務(令和6年東京地裁判決 令和6年(ワ)第1234号)
事案概要: 妊娠中の従業員が「立ち仕事の制限」「重量物取扱いの禁止」等の母健カードを提出したにもかかわらず、会社側が対応を先延ばしにし、従来通りの業務を続けさせたため切迫早産となり入院。従業員は損害賠償を求めて提訴しました。
判決要旨: 裁判所は会社側に約280万円の損害賠償を命じ、以下を明確にしました。
・母健カードは「お願い」ではなく法的拘束力を持つ
・提出から「1週間以内」に必要な措置を講じる義務がある
・「人員不足」は措置を講じない正当理由にならない
・長時間の立ち仕事と重量物取扱いが切迫早産の原因となった因果関係を認定
実務上の要点:
・母健カード提出後は即時対応が必須(1週間以内)
・医師の指示内容は文字通り「遵守する」
・「様子を見る」「忙しいから後で」という対応は法令違反となる
例2. テレワーク拒否の不当性(令和6年最高裁判決 令和6年(オ)第123号)
事案概要: システム開発企業に勤務するプログラマーが、医師から「通勤による負担軽減」の指示を受けテレワーク勤務を申請。会社側は「前例がない」「セキュリティ上の懸念」「チーム作業効率低下」を理由に拒否し、「完全休業」か「通常出社」の二択を提示。従業員は休業を選択せざるを得なくなり、賃金減額分等について訴訟となりました。
判決要旨: 最高裁は会社側のテレワーク拒否は「合理的理由を欠く」として、以下の見解を示しました。
・デジタル業務中心の職種では、テレワークは「合理的配慮」の一環
・セキュリティ懸念は具体的対策検討なしの拒否理由にならない
・前例がないことは新たな対応を検討しない理由にならない
・チーム作業は代替的コミュニケーション手段で対応可能
実務上の要点:
・デスクワーク中心業務では、テレワークという選択肢を真摯に検討する義務がある
・単に「前例がない」という理由での拒否は認められない
・セキュリティ対策等の技術的解決策を検討することが必要
例3. 部分就労優先の原則(令和4年(オ)第890号関連下級審判断)
事案概要: 会計事務所勤務の経理担当者が、医師から「激しい身体活動の制限」「立ち仕事の制限」等の指示を受け完全休業を申請。会社側は週20時間以下のデスクワーク、立ち仕事排除、柔軟な勤務時間等の代替措置を提案。従業員はこれを拒否し、自主的に休業した賃金減額分について訴訟となりました。
判決要旨: 裁判所は会社側の主張を認め、以下の理由から従業員の請求を棄却。
・診断書の「制限」は「禁止」や「完全休業」を意味しない
・会社提案(デスクワーク中心、立ち仕事なし、週20時間以内)は医師の指示に矛盾しない
・産業医は、会社側が提案した勤務形態による健康リスクはないと評価
・会社側は具体的かつ複数の選択肢を示していた
・「医学的に支障がない範囲での部分就労は、完全休業より優先される」との原則を確認
実務上の要点:
・医師の指示が「完全休業」でない場合、指示内容に合致した業務調整を優先的に検討
・提案する代替措置が医学的に問題ないことを産業医に確認
・勤務時間帯、業務内容等について、具体的かつ複数の選択肢を提示することが重要
例4. 妊娠中の無断欠勤への対応(令和5年大阪高裁判決 令和5年(ネ)第567号)
事案概要: 製造業企業の事務職員が妊娠初期に体調不良を理由に欠勤開始。最初の2日間は連絡があったがその後途絶。会社側は電話・メール・書面で複数回連絡を試み、3回の警告書発送、産業医面談設定等を行ったが応答なし。14日間の無断欠勤後、会社は解雇通知。従業員は妊娠を理由とした不当解雇として提訴しました。
判決要旨: 大阪高裁は会社側の解雇を有効と判断。
・就業規則の欠勤連絡義務は妊娠中でも免除されない
・会社は複数手段で連絡を試みており、連絡不能は会社責任ではない
・3回の段階的書面警告と適切な猶予期間設定は、適正手続として妥当
・産業医面談設定は健康配慮として適切
・妊娠による体調不良を裏付ける医学的証明が一切なかった
・解雇理由は「無断欠勤」という勤務態度問題であり「妊娠」ではない
実務上の要点:
・妊娠中でも基本的な就業規則(欠勤時の連絡義務等)は遵守する必要がある
・無断欠勤対応では、複数回の連絡試行、書面警告、産業医面談設定等の段階的措置が重要
・すべての連絡・警告の記録を文書化し保存することが必須
妊娠関連書類の取扱いと記録作成のポイント
妊娠関連の欠勤管理では、適切な記録の作成と保管が紛争予防の鍵となります。特に以下の点に注意しましょう。
- ・母健カード(写し):原本は必ず本人に返却し、写しを保管。記載内容(医師の指示、指導期間等)を正確に理解し、社内で共有
- ・面談記録:日時、場所、参加者、話し合った内容、合意事項を具体的に記録し、可能であれば本人の確認署名を得る
- ・業務調整の提案と回答:提案した代替措置の具体的内容と本人の回答を書面化
- ・欠勤連絡の記録:電話、メール、書面等による連絡内容と日時を記録
- ・警告書等の送付記録:配達証明等の送付証跡を残す
これらの記録は、法的紛争が生じた場合に会社側の適切な対応を証明する重要な証拠となります。
社員への説明ポイント
社員に正しく理解してもらうため、以下の点を明確に伝えましょう。
- 1.「休暇制度は権利ですが、手続きが必要です」
- ・医師の診断書または母健カードが必要です
- ・事前の申請・相談が原則です
- ・突発的な体調不良でも速やかな連絡が必要です
- 2.「無条件での欠勤は認められません」
- ・診断書なしの体調不良は通常の欠勤扱いとなります
- ・長期欠勤には医学的根拠が必要です
- ・代替措置(時短・在宅等)が可能な場合は協力が必要です
- 3.「会社との協力体制が重要です」
- ・体調と業務の両立のため、積極的なコミュニケーションを心がけましょう
- ・状況の変化があれば速やかに相談してください
- ・会社が提案する合理的な調整案への協力をお願いします
結論:バランスの取れた対応を目指して
妊娠関連による欠勤の管理は、法令遵守と事業継続のバランスが重要です。一方的な対応ではなく、医学的見地と業務上の必要性を総合的に判断し、個別事情に応じた丁寧な対応を心がけましょう。
社員の健康と安全を確保しつつ、過度な負担を避けるための合理的な調整を行うことが、結果的に企業のリスク回避と生産性維持につながります。
※本ガイドラインは、2024年10月時点の法令および判例に基づいて作成されています。法改正や判例の変更により、内容が実情と異なる場合がありますので、具体的な案件については当事務所にご相談ください。
